インシュリンは膵臓(すいぞう)で作られるホルモンだが、血液中のブドウ糖を脂肪細胞や筋肉細胞に押し込む働きがある。だからインシュリンが足りないと細胞に押し込まれないブドウ糖が血液中に残ってしまい、血糖値が高くなる。医者が糖尿病患者に減量を求めるのは、インシュリンの量が少なくてもブドウ糖を処理できるようにするためである。減量によって体が小さくなれば、それだけインシュリンの必要量も少なくなる。しかしカロリー制限によって血糖値が下がったとしても、タンパク質やビタミンといった必要な栄養分の摂取量も低下している可能性が高い。
たいがいの医者は、血糖値を下げることが糖尿病治療の目的だと思っているが、血液中にブドウ糖が多いというだけでは、患者は痛くもかゆくもない。問題は、そのブドウ糖がどんな悪さを働くかということ。
ブドウ糖は、亀の甲のような六角形をしている。ふつうはそれが閉じているのだが、ときどき少し口の開いた形のものが混じってしまう。血糖値が高くなってブドウ糖の全体量が増えれば、それだけ悪いブドウ糖も増えてしまう。変形したブドウ糖が困るのは、タンパク質にくっつこうとする性質を持っている点である。ブドウ糖にくっつかれると、タンパク質は本来の働きができない。とくにブドウ糖のターゲットになりやすいのが、活性酸素除去酵素(SOD)である。いろいろな病気の原因になる活性酸素という悪党を除去する働きが封じ込められる。それだけでなく、ブドウ糖にくっつかれたSODは、壊れる時に自身で強い活性酸素を発生させる。そのため、糖尿病になると体内で活性酸素が大暴れするようになり、網膜症、腎症、神経障害といった合併症を惹き起こすことになる。これらの合併症こそ、糖尿病が持つ怖さの本質である。従って、合併症さえ起こさなければ糖尿病は少しも恐ろしくない。
幸いなことに、活性酸素を除去する物質はたくさんある。その多くは日常的な食品に含まれているから、薬と違って副作用の心配がない。そういう物質を「スカベンジャー」(掃除や)と呼んでいる。紫外線を絶えず受け続けると人間は皮膚ガンになる。では同じ生物であるのに、いつも紫外線を浴び続けている植物はなぜガンにならないのか。それは、彼らがスカベンジャーを自ら作る力をもっているからにほかならない。スカベンジャーはガンを予防する強力なパワーを持っている。ビタミンCやEといったビタミン類をはじめとして、その多くは植物に含まれている。植物は常に紫外線にさらされているため、動物よりも活性酸素の発生量が多い。それに対抗するために、スカベンジャーも自家生産しているのである。人間が摂取できるスカベンジャーとして、ベータカロチンがあり、人参、カボチャ、トマトといった緑黄色野菜のほか、柑橘類、海藻、鶏や魚の卵などに含まれている。ゴマ、緑茶、赤ワインなどに含まれているポリフェノールの仲間も、かなり力強い味方である。ゴマは火でいるとより力が増し、緑茶の持っているカテキンというスカベンジャーは、熱湯をかけると分子がくっつきあって腸壁を通過できない。緑茶は少しさました湯で入れると美味しいだけでなく、スカベンジャーを摂取しやすい。ビタミンE、カロチノイド、ポリフェノールはいずれも脂溶性の物質であり、従って脂質と一緒に摂取した方が、腸管で吸収されやすい。
「人は血管とともに老いる」と言われるように、年齢とともに血管も老化していく。しかし、正しい栄養を摂取することによって、ある程度まで人間の老化を食い止めることができる。動脈の弾力を保つために必要な材料を与えてやれば、もろくなった血管も蘇る。動脈に弾力を与える役目を担っているのは、エラスチンというタンパク質である。その不足が動脈硬化を招く。戦前の日本人には、脳卒中の中でも脳出血が多かった。これはタンパク質の不足した食生活を送っていたために、動脈ば脆くなりやすかったからである。事実、戦後になって食生活が欧米化し、動物性食品を積極的に摂取するようになってからは、以前と比べると日本人の脳出血は減少している。一般に、動物性食品は良質のタンパク源であり、エラスチンなどの体タンパクづくりに有利なのである。
エラスチンは人間が体内で作り出しているタンパクである。ふつうは外からエラスチンを投与しなくても動脈が弾力を保っている。それが本来のあるべき姿である。本当の意味で動脈を蘇らせるためには、部品を外から与えるのではなく、体内で生産できるようにさせなければいけない。そこで正しい栄養学の知識に基づいた食生活の改善が求められる。体内でエラスチンを作るのに欠かせないのは、ビタミンB6である。イワシ、大豆、バナナ、豚肉など、この栄養素を含んだ食品を積極的に食べることが、動脈硬化を解消し、心臓病や脳卒中の予防につながる。
また、心筋梗塞の予防に役立つ物質に、タウリンという含硫アミノ酸がある。これは硫黄を持つアミノ酸で、牡蠣や魚の血合い肉などに含まれている物質である。タンパク質の立体構造は、硫黄と硫黄が結合することによって保たれている。ところがこの結合部分が活性酸素の攻撃を受けやすい。活性酸素によって壊された部分を補修するためには、その硫黄を持った含硫アミノ酸が必要になるわけである。もともと日本人の食生活には、含硫アミノ酸が不足している。卵にはこれがかなり多く含まれているが、その卵が「コレステロールの多い成人病の大敵」といった誤ったレッテルを貼られて敬遠されているのだから、困ったものだ。卵は百点満点の栄養食品である。むしろ成人病を予防するために、どんどん食べるべきである。